ByakkoPress Logo JPN
other Chinese Portugu尽 Italiano Fran溝is Espa撲l Deutsch English Japanese

白光真宏会 出版本部



立ち読み - 小説 阿難(あなん)

第一部、孫陀利姫(そんだりひめ)と摩須羅(ますら)
Page: 4/5

「阿難様、阿難尊者様、わたくし、こんな姿でお恥かしゅうございます」
摩須羅は、はじかれたように腰を上げた。怒りが全身の血を逆流させて、思わず姫の両肩をつかんで引き起した。
「姫!   姫!   孫陀利姫!」
姫はその衝撃(しょうげき)で、はじめて、はっきりと意識づいて眼をあけた。ばっちりあいた黒眼がちの澄み徹るような眸である。
「あっーー、おまえは摩須羅」
姫の眸が驚きの色にかげると、急に身を正して起き直った。
「ここはどこ?  お父上は、お城は?ーー」
「父君は戦死。お城は陥落。あなたは私がお救いしてここ迄逃げのびて来たのです」
摩須羅は姫の眸を追うようにみつめながら、阿難への妬心に激昂(げきこう)してものいう息さえ苦しかった。
「ここはどこーー」
「国の外であることは確かですが、はっきり何処(どこ)であるかはわかりません」
姫は次第に落着いてきて、主従のへだたりをはっきり態度に見せていた。
摩須羅は姫の落着くにつれて、長い間の習慣的な従的立場に知らず知らず戻ってゆく自分を意識し出した。姫の眸が自分にむけられると、わけもなくおののく胸をどうにもならぬ気持で、
「姫、お気づきになられたら、そろそろ宿を求めにゆきましょう。姫のお体では野宿もなりますまい」といって、月光にむかってわざと大きく伸びをした。孫陀利姫の心は摩須羅の言葉をただ素通りさせて、一つのことを一心に思っていた。それは阿難のことであった。自分を救ってくれたのが阿難ではなく、家臣の摩須羅であったことの失望である。夢うつつの意識の中で救い手は阿難である、と確定的に思いこんでいた自分への羞(はじ)らいと共に、期待をはずされた怒りとも哀しみともつかぬ複雑な感情が心を苦しく責めつけてくるのである。


次のページ >




立ち読みコーナー
他の本も、立ち読みできるものがあります。
リンクを集めたインデックスもご覧ください。

立ち読みインデックス




Copyright 白光出版 / Byakko Press プライバシーポリシー