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白光真宏会 出版本部



立ち読み - 小説 阿難(あなん)

第一部、孫陀利姫(そんだりひめ)と摩須羅(ますら)
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姫は誰かに横抱きにされて宙を走っていることを、うつつとなく感じていた。それは阿難である、とまだはっきりしない意識の中で堅く思いこんでいた。ひた走りに走るその振動が姫の体に快くさえひびいてきて、いつ迄もこうして走りつづけていてもらいたい、と開かぬ眼の奥でしきりに阿難の顔を想い浮かべようとした。
驚愕(きょうがく)に気を失っていた姫を、引き攫(さら)うようにして抱きあげると、そのまま疾風の速さで城内を駈けぬけた摩須羅は、邪魔だてする敵兵二、三を斬り捨てたまま、国境をすでに越えてしまったのである。豪気駿足(ごうきしゅんそく)の彼もさすがに疲れて立止まった。
そこは、両側が竹林で、中央に青草が覆い茂っていた。月は中天に高く上がっている。彼は、そっと姫の体を草の上に降すと、自分も腰を降しほっと一息して、手の甲で流れ落ちる汗をぬぐった。そして改めて姫の顔にしみじみと見入った。
月光が竹のさやぎに揺れながら、姫の顔を照らしたり陰らしたりする。
「美しい、なんという美しい顔だろう」
摩須羅は、月光に照らし出されて蒼白く輝く姫の顔を喰い入るようにみつめる。姫はかすかな笑みさえ浮かべている。清い柔かい形よい唇の中から、今にも言葉が飛び出しそうにさえ思われる。
「無事でよかった、助かってよかった」
摩須羅は、王を捨て、城を捨て、すべてを捨てて、助け出して来た孫陀利姫の無事な姿に、我を忘れた喜びに浸っていた。
姫を慕いまつって一体幾年になろう。彼の剣は姫のために磨き、彼の軍功は姫のために立てらた。あの嫌味な釈迦(しゃか)だとか、阿難だとかいう沙門(ぼうず)共のお説教も、この姫のご機嫌とりのために聞いた。なんとしてでも、どんな苦しみに耐えても、この孫陀利姫を手に入れずにはおかない、と常日頃から執拗に思いつめていた摩須羅なのである。


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