自分と自分ではない自分
五井先生の教えの特長は“自分を赦し、自分を愛し”と教義にもありますように、自分をまず第一番に打ち出していることです。 普通は人を赦し人を愛し、自分はあとまわし、ということになりますが、先生はその逆でした。
何故かというと、自分というものが実は、自分にとっては勿論、人類にとっても最も大事な、一番貴い存在であるからです。 そういう自分というものを根底にして、すべての生き方 を考え、そして行じなければ、他の人のことを真実に考え、思いやることは出来ない、と五井先生は思っていたからです。
その一番大事な、 一番貴い存在である自分自身とは何かというと、神でもあり、神の分霊(わけみたま)であるのだとハッキリ真の自分を定義しています。
私たちは、この教えを聞くまでは、想いの糸が何重にもこんがらがってくると、ますますもつれてどうしようもない自分を嘆いておりました。
糸がもつれてもつれて、迷いの解決のつかない自分を自分だと思っていました。そしてその自分をなんとか処理しよう、ともがいていました。しかし解決がつきませんでした。
それを五井先生はスパッと二つに割って、掌の上にのせるように見せてくれました。
今まで自分だ自分だ、と思っていたのは、実は自分ではなく、 想いにすぎない、それも過去世から今日にまでつづいている想いの癖にすぎない、と今までの想い違いを指摘されたのです。
その想いの癖はつまり迷いの波動は、迷いの想念或いは迷いの行為という形に現われたら、 みな消えてゆくものなのだ、と明らかにされたのです。
想いというもの、因縁というものは肉体にくっついて、離れないものだと考えていたのは間違っていたのです。・・・
「第五章 本心と業想念を区別する」より
(目次)
序 文
第一章 私はハッキリと知った
第二章 世界唯一の霊光写真
第三章 柏手とお浄め
第四章 平和論と平和運動
第五章 本心と業想念を区別する
第六章 守護の神と法則の神
第七章 二つの永遠の生命観
第八章 消えてゆく姿で世界平和の祈り
第九章 悟りということ
第十章 霊覚と霊能と祈り
第十一章 宗教は「空」より出づる
第十二章 地球自然界での人間の力と位置
第十三章 世界平和の祈りを祈る地球人と
守護の神霊団体と宇宙天使群との
三者一体による平和実現
あとがき
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