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生きている念仏 |
五井昌久 著 |
定価 1650円(本体1500円+税10%)送料250円 |
B6判 199頁 |
ISBN :978-4-89214-014-3
(4-89214-014-7) |
お念仏は葬式宗教のためのものではない。念仏がこの世とあの世を通して、人間の生命をいきいきとさせるものでなければ、法然親鸞の教えに反する。この書は浄土門の宗祖や妙好人たちの深い心をくみとり、念仏を現代に生かすために書かれた小論の集録。 |
> ご購入方法について |
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序文/ 念仏と世界平和の祈り/ 凡夫と仏性/ み仏の心のまゝに/ 救われの自覚/ 自らを智者と思っている愚者/ 法然・親鸞と今日の浄土門/ 善人と悪人/ 大乗仏教と親鸞/ 生きるということ/ 裸の心/ 小我の放棄 |
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五井昌久 (ごい まさひさ)
大正5年東京に生まる。昭和24年神我一体を経験し、覚者となる。白光真宏会を主宰。祈りによる世界平和運動を提唱して、国内国外に共鳴者多数。昭和55年8月帰神(逝去)さる。 |
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仏教タイムス評 |
氏の法然観、親鸞観はわれわれと違い、氏の宗教体験から見ておられ、啓発をうけた。宗教とは何ぞや、氏は霊力を説く霊性をいい、霊界を認める。
念仏は生きている、南無阿弥陀仏は生きものだ。しかしこれを古臭いと誤解されたら『世界平和の祈り』ではどうか『世界平和の祈り』に徹するとき、唯物論でわからない光明とさとりが感得できる。念仏はその『世界平和の祈り』の中に生きている、と五井氏はいわれるように感じる。私は五井氏の宗教的体験に大いに共鳴した。 |
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