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白光真宏会 出版本部



老子講義
五井昌久 著
定価:本体価格2900円+税(送料250円)
四六判 478頁
ISBN : 4-89214-010-4-5
(ISBN : 4-89214-010-4)
老子の説く無為の生き方に徹しきった時、真に自由無垢、自由自在心として天地を貫く生き方が出来る。行きづまった現代人の魂を、宇宙根源のひびきに直結させる書。


内容紹介 (目次)

序 文

講義のはじめに

第1講:
無明は天地の始めなり・・・(第1章)・・・

第2講: 聖人は無為の事に処(お)り・・・(第2章)・・・

第3講: 吾 誰の子たるを知らず、帝の先に象(に)たり・・・(第4章)・・・

第4講: 天地は不仁なり・・・(第5章)・・・

第5講: 其の身を後にして身先んじ・・・(第7章)・・・

第6講: 上善は水の若(ごと)し・・・(第8章)・・・

第7講: 虚を致すこと極まれば・・・(第16章)・・・

第8講: 聖を絶ち智を棄つれば・・・(第19章)・・・

第9講: 幣(やぶ)るれば則ち新たなり・・・(第22章)・・・

第10講: 失ある者には失に同じくす・・・(第23章)・・・

第11講: 独立して改まらず周行して殆(あやう)からず・・・(第25章)・・・

第12講: 無棄人・・・無棄物・・・(第27章)・・・

第13講: 無極に復帰す・・・(第28章)・・・

第14講: 自ら知る者は明なり・・・(第33章)・・・

第15講: 大道は氾として左右す可(べ)し・・・(第34章)・・・

第16講: 大象を執りて天下に往けば・・・(第35章)・・・

第17講: 上徳は徳とせず是を以て徳有り・・・(第38章)・・・

第18講: 昔の一を得たる者・・・(第39章)・・・

第19講: 上士は道を聞いて・・・(第41章)・・・

第20講: 道は一を生ず・・・(第42章)・・・

第21講: 天下の至柔は天下の至堅を馳騁す・・・(第43章)・・・

第22講: 大成は欠くるが若(ごと)くなれども・・・(第45章)・・・

第23講: 戸(こ)を出でずして以て天下を知り・・・(第47章)・・・

第24講: 学を為(おさ)むるものは日に益し・・・(第48章)・・・

第25講: 聖人には常の心無し・・・(第49章)・・・

第26講: 生を出でて死に入る・・・(第50章)・・・

第27講: 道これを生じ、徳これを畜(やしな)い・・・(第51章)・・・

第28講: 天下に始有り、以て天下の母と為る・・・(第52章)・・・

第29講: 我をして介然として知ることと有らしむれば・・・(第53章)・・・

第30講: 知る者は云わず、云う者は知らず・・・(第56章)・・・

第31講: 其の政悶悶たれば其の民は淳淳たり・・・(第58章)・・・

第32講: 人を治め天に事(つか)うるは嗇(しょく)にしくはなし・・・(第59章)・・・

第33講: 大国は下流なり・・・(第61章)・・・

第34講: 無為をなし無事を事とし・・・(第63章、第64章)・・・

第35講: 古(いにしえ)の善く道を為(おさ)むる者は・・・(第65章)・・・

第36講: 大なれど不肖に似たり・・・(第67章)・・・

第37講: 善く士たる者は武(きそ)わず・・・(第68章、第69章)・・・

第38講: 吾が言は甚だ知り易く・・・(第70章)・・・

第39講: 知りて知らずとするは上なり・・・(第71章)・・・

第40講: 民 威を畏れざれば大威至らん・・・(第72章)・・・

第41講: 敢(かん)に勇なれば則ち殺し・・・(第73章)・・・

第42講: 民 死を畏れずんば・・・(第74章)・・・

第43講: 人の生まるるや柔弱なり・・・(第76章)・・・

第44講: 天の道は弓を張るごときか ・・・(第77章)・・・

第45講: 天下の柔弱なるは水にすぐるはなし・・・(第78章)・・・

第46講: 大怨を和すれば必ず余怨あり・・・(第79章)・・・

第47講: 小国寡民・・・(第80章)・・・

第48講: 谷神は死せず・・・(第6章、10章)・・・

索 引


他のエディション
The Spirit of Lao Tsu(英語版)

立ち読みができます

序文
講義のはじめに

第六講: 上善は水の若(ごと)し・・・道徳経第八章

著者紹介

五井昌久 (ごい まさひさ)
大正5年東京に生まる。昭和24年神我一体を経験し、覚者となる。白光真宏会を主宰。祈りによる世界平和運動を提唱して、国内国外に共鳴者多数。昭和55年8月帰神(逝去)さる。
さらに詳しく



序文より
真の自由を得たいならば、どうしても、老子の説きつゞけている無為の道に徹しきらねばなりません。人が無為の生き方に徹しきった時、真に自由無礙、自由自在心として、天地を貫く生き方ができるのです。
私は現代の知識をうとんずるものではありませんが、人類世界を今日のように存在せしめている、宇宙の根本の相(すがた)、生命の根源の力の方に思いをむけず、只単に枝葉として現れている現象の姿のみを把える、学問知識にはあきたらないものなのです。
頭脳知識で、いちいち考え考え生きなければ、この人生が生きられぬと思いこんでいる現代の知性人たちにとって、最も必要なのは、この老子の生き方なのです。現代人はあまりにも枝葉末節的なことに把われ過ぎて、一番大事なことを忘れているのです。
その一番大事なものごとを、老子は光輝く言葉で、説き来り説き云っているのであります。私はそうした老子の言葉を、どのような立場の人でも判り易いようにと、私流に噛みくだいて解釈しているのです。・・・

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